加賀藩土清水製薬所(土清水薬合所もしくは土清水塩硝蔵)

1. 土清水製薬所の施設と作業概要

土清水製薬所の施設は、五箇山産塩硝75%、立山地獄谷産硫黄15%、地元産麻炭10%を、辰巳用水から取り入れた水で水車を廻し、その動力で混合し火薬を製造する加工施設と、出来上がった火薬を保管する施設や付属の建物がありました。
平成9年崎浦公民館に「塩硝の道検証委員会」が発足した頃は、土清水製薬所跡敷地の区画は明確でなく、検証委員会のメンバーで縄を持ち寄り、古文書に記載の寸法を頼りに現地を計測して、平成13年崎浦公民館が発刊の『加賀藩 塩硝をたどる歴史の道』に発表しました。
また、金沢市崎浦公民館公民館委員の徳田勝悟氏が空中写真等により敷地の詳細を全て解明し、その面積が11万7千平方メートルであること等を、平成20年に同公民館発刊の冊子『加賀藩土清水製薬所跡―塩硝蔵はどこにあったのか―』により発表しました。
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搗蔵
新搗蔵
三品搗蔵
縮具所
調合所
干場
干場
御土蔵
御土蔵
硝石御土蔵
硝石御土蔵
硝石置場

木灰所
置場

役所
細工所
物置
物置
灰焼所
雷頭製所
御貸屋
番所
御貸屋
雷頭干場
御貸屋
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(17×6)
(8×6)
(9×15)
(13×9)
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(14×4)
(20×4)
(12×7)
(12×7)
(7×5)
(6×4)
(9×5)
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(7×5)
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御貸屋












材木小屋
御貸屋









製薬所請地
社地
(2×3)






















金沢市は平成19年度から4年間にわたって土清水製薬所跡の発掘調査を進め、塩硝を保存する「硝石御土蔵(しょうせきおんどぞう)」や火薬原料を粉末に加工する「搗蔵(つきぐら)」「縮具所(しゅくぐしょ)」の遺構、塩硝蔵の中心部を縦貫する主要道、辰巳用水から水を引き込む水路跡など確認し、その状況を平成23年3月『土清水塩硝蔵跡調査報告書』により報告されました。

image021右のコピーは、明治3年に役所へ提出された、由緒書の控えの一部です。「土清水御蔵附小者安右衛門娘」と記載され、安右衛門が塩硝蔵の番人の職にあったことが判ります。なおこの由緒書の控えは、以前に石引町にお住まいの子孫である大窪様からお借りしてコピーさせていただきました。

2. 金沢市による土清水製薬所の施設の発掘

金沢市は平成19年度から4年間にわたって土清水製薬所跡の発掘調査を進め、塩硝を保存する「硝石御土蔵(しょうせきおんどぞう)」や火薬原料を粉末に加工する「搗蔵(つきぐら)「縮具所(しゅくぐしょ)」の遺構、塩硝蔵の中心部を縦貫する主要道、辰巳用水から水を引き込む水路跡などを確認し、その状況が平成23年3月『土清水塩硝蔵跡調査報告書』により報告されました。発掘に至った実情と発掘調査の概要を述べます。
崎浦公民館と地元涌波町会は「土清水製薬所絵図(幕末〜明治初期)」を基に現地を確認することとし、塩硝製薬所跡地を耕作の古老からその角隅(かどすみ)3箇所の教示を受け、現地と絵図が合致することが分かりました。
そこで平成19年3月、涌波町会から金沢市長へ現地調査を申請のところ、文化庁と石川県の了承を得て発掘調査が実施されることになりました。hakkutsu_step
・第一次発掘調査(H19.9.10〜10.5)
硝石御土蔵①の礎石の一部が確認されました。また大量の屋根瓦が出土し、瓦の形から本瓦葺きであったことが分かりました。加賀藩前田家の梅鉢紋を配した瓦も出土し、塩硝蔵は加賀藩直轄の施設で、当時金沢城に次いで本瓦葺きであったのでです。
・第二次発掘調査(H20.10.30~12.12)
硝石御土蔵①は東西12間×南北4間であることが判明しました。絵図とほぼ一致します。このほか硝石御土蔵②土台の大きさは東西24m×南北14mであることが確認されました。
・第三次発掘調査(H21.11.6~11.30)
黒色火薬の原料を粉末にする搗蔵の痕跡調査です。絵図に搗蔵の内部へ辰巳用水が引き込まれています。調査のところ、搗蔵は丘陵地に土盛りして平坦面を造成し、建物が築かれていました。その土盛りから2列並行に石列がありました。遺構は絵図どおり塩硝蔵と辰巳用水との関わり合いを明らかに示しています。
・第四次発掘調査(H22.11.25~12.22)
縮具所は調合した原料を練り、それを延ばす施設です。なだらかに傾斜した地形に土盛りした造成が確認され、東西に延びる水路跡が絵図のとおり見つかりました。
以上のとおり土清水塩硝蔵の発掘の結果は文化的価値が大きく、かつ辰巳用水との関わり合いが明らかになり、平成25年3月27日に「辰巳用水附(つけたり)土清水塩硝蔵跡」として、国史跡に指定されました。hakkutsu_4