塩硝の道を訪ねて

はじめに

 藩政時代、現在の石川県金沢市涌波から大桑町、土清水にかけて大規模な加賀藩の黒色火薬製造施設が存在しました。一方、ここから離れること35キロメートル、現在の富山県南砺市の山間で、旧東砺波郡平村、上平村。利賀村の総称である五箇山では火薬の主原料である硝石が生産されていました。その点と点を結ぶ硝石の運搬ルートが「塩硝の道」であります。
金沢市崎浦公民館に「塩硝の道検証委員会」が約20名の委員により発足したのは平成9年。月1回の例会と必要のつどの実査を行い、文献や地図、地元の聞き取り等による検討と実地調査を進めてきました。
近年は、地域の歴史を深めることをあわせて活動を続けています。

※以下の記載は長期間の活動記録のため、内容の時系列に前後があることをご了承ください。

プロモーションビデオ「三百年の遺産〜加賀藩が残した国史跡(くにしせき)」

*10分でわかる!! 「土清水塩硝蔵跡地が国史跡に指定されるまで」
ⓒ金沢市崎浦公民館 視聴覚委員会