土清水(つちしみず)(土清水第一・第二)

「つっちょうず」 「つちしょうず」 ともいいます。 開村以前は土清水野という原野であり、 湧き清水が多かった事が地名の由来といわれる一方、 水がなくその願望から地名に水の字を入れたという説もあります。
正保三年、 加賀藩の命により、 田中覚兵衛が現在の寺津町より寺津用水を開削、 上野、 牛坂と共に灌漑の恩恵を受けました。 寛文六年、 一村立を認められ八ヶ村の出身者が土清水村を築きました。
慶安四年、 現在の石引2丁目にあった加賀藩の火薬製造所が焼失後、 当村に移転、 廃藩まで続きました。 (現在も藩祖を奉った社の跡地名が官の角として残っている。) 明治5年、 石川郡土清水村となり、 同22年石川郡崎浦村字土清水と変更されました。 昭和11年金沢市に編入、 金沢市土清水町 「つちしみず」 となり、 昭和56年、 世帯増のため二町会分割。 平成3年、 土地区画整理完了と共に土清水1丁目、 2丁目、 3丁目の一部、 錦町の一部を含めて第一町会、 3丁目の残りを第二町会としています。